どもり姫 りんごの日記

どもり〔吃音症〕をもつ りんご姫です。「普段はどもるけど、ブログではどもりを気にせず言葉を発信できるので、ホントに嬉しいです♪どもりな自分を嫌うことなく、受け入れる自分になることが目標です」

2008年6月30日月曜日

どもることから学んだ「自分の弱い部分」

私はお話するときに「どもる」状態になります。

それを今までは「イヤだなぁ~」と感じていました。


どもる自分がイヤ。

なんとか どもり をなくしたい。


でも、あるときふっと思ったんです。


「もし、世界中の人たちみんながどもるとしたら、私は自分のどもりを気にするだろうか」




想像してください。


世界中、すべての人たちが どもりながら話している場面を 笑



世界中みんなが どもる とすれば

たぶん、私は自分のどもりは気にならない。

少なくとも、今よりは気にならないと思う。


なぜか。

だって、みんな どもってるから 笑

みんな どもってるから 私が どもっても 気にする人は いない気がします 笑


ということは。

私は「どもり」自体は イヤではない。


じゃあ なにがイヤか。


自分だけどもると、みんなが「アレ?」という目で見ている「気がする」から。



私の場合、誰かに「アレ?」って思われるのを恐れていたんです。


「どもること」自体がイヤなんじゃない。

「どもること」で、他人に「アレ?」って思われることがイヤだった。


世界中の人がどもるとすれば、私がどもることで 誰かに「アレ?」なんて思われることはないですよね。

世の中みんながどもるとすれば、どもることは普通のことだから

私がどもるのもそんなに目立たない気がします。



ということは。

私は 他人から「ヘンなんじゃない?」と思われるのを 恐れていたということになります。


そして そんな自分の弱い部分を すべて「どもり」のせいにしていたような気がします。


なるほどぉぉぉぉ。

私って。

・・・・・思ってたより、すごーく 弱いなぁぁぁぁ 笑


自分の弱い部分がよくわかってからは

「どもる自分」を少しずつ受け入れることができるようになって

前より少しは  ほんの少しですが 強くなったかな?と思います。 笑

自分のなかにある「弱い部分」を認めること。

自分が持つ「弱い部分」を認めることなく

「理想の自分」にたどりつくことは難しいと思います。

弱い自分を認めることで、自分を信じることができる。

そうするとそれは「自信」になって

ちょっとやそっとのことでは ビクともしない自分ができあがる。

自分の弱い部分を認めるためには

「自分とコミニュケーションをとる」ことが欠かせません。

一見遠回りに見えるこの作業ですが

「自分のこころの声」にきちんと耳を傾けること。

これができるようになると

自分を大切にしよう、大事にしよう、信じよう と思えてくるから不思議です。

2008年6月25日水曜日

照れずに、感謝をつたえよう

私は以前 接客の仕事に就いていました。

楽しかったです♪

うまく話すことができないので

言葉がスムーズに出てこないので

苦しい思いはたくさんしましたが

基本的に 人と話したりするのは大好きです。

そのとき、気づいたこと。


「ひとは、ほめられると嬉しくなる」

ということ。


なぁんだ~そんなの当たり前じゃん。

と思ったでしょ? 笑



つづきがあります。


「ひとは、ほめられると、ほめてくれた人に何かお返しをしたくなる」


これって、すごくないですか?

私が誰かに感謝を伝える
     ↓
感謝したことを感謝されて、私も嬉しくなる。

みんなが 幸せになるんです。



たとえば、私の場合。

お客様が帰り際に「今日は本当にありがとう」とおっしゃってくれる。

私はとても嬉しくなります。もちろん、そのお客様に再度感謝の気持ちを伝えます。

そのあと、新しいお客様をお迎えするとき。

先ほどのお客様に感謝された気持ちが残っているので、

気持ちよく、心をこめて応対ができる。

心にあったかいものを感じながら接客ができる。

結果、新しいお客様も感謝してくださる。



私は今日、ラーメンを食べに行きました。

とってもおいしかったので、

お会計のとき店員さんに

「とってもおいしかったです。ありがとうございました。」と伝えました。

すると、店員さんはとってもうれしそうに、とっても大きな声で

「ありがとうございます!ありがとうございます!!」と言ってくれました。

それを聞いて、私まですごく嬉しくなりました。

そのあとすぐに、新しいお客様が来店されました。

さきほどの店員さんが

「いらっしゃいませ!お席へご案内いたします!」とはりきって声をだしていました。

とっても楽しそうに見えました。

ご案内されたお客様も、つられて笑顔になり、席に着きました。


感謝をことばで伝えると、相手はとっても嬉しくなるものです。

どんどん感謝をつたえよう。

気持ちを言葉にのせましょう。

はじめは照れてなかなか言えないかもしれませんが

相手の喜んだ顔をみると

「もっと喜んで欲しいな」と思うはずです。

幸せな気持ちは伝染します。

あなたの発した感謝の気持ちが、社会全体に幸せをもたらします。

まずは

近くにいる人に

感謝の気持ちをつたえることからはじめましょう。

照れて普段いえない言葉を伝えましょう。

相手に感謝すると、思いがけないところで自分にかえってくるものです。

2008年6月24日火曜日

ブログのきっかけ

ブログをはじめたきっかけは。

私と同じように「どもり」で悩んでいる方や 

何らかのコンプレックスを抱えている方に

「私も、悩んでいます」と

伝えたかったからです。


私は、ずっと「どもり」で悩んでいました。

そのことを、家族や友人には恥ずかしくて相談できなかった。

みんなができていることを できない自分がイヤだった。

だから、「どもり」で悩んでいるのは

世界中で自分だけだ と ずっと 思っていました。


最近インターネットをつないで

そこではじめて 同じように「どもり」に悩んでいる方の存在を知ったとき

私は すごくびっくりしたのと同時に とても心強く感じて

何より

「私一人が どもりで悩んでいるわけじゃなかったんだぁ・・・」

「他にも 私と同じように 悩んでいる方がいたんだぁ・・・」



嬉しくなって

すごく気持ちがラクになりました。

今まで張り詰めていたものが 一気になくなりました。



なので。

私も、自分が「どもり」であることや

コンプレックスを感じながら生きていることを ブログに記すことで

すこしでも 誰かの助けになれば 嬉しいなぁ

すこしでも 誰かの気持ちがラクになれば いいなぁ と 思って

ブログをはじめました。


誰もみないかもしれない。

誰かみてくれるかもしれない。



人は

心の傷が深ければ深いほど

なかなか 周りの人に

助けを求めたり 相談することがができない と

私は 思います。



でも。

今、あなたが悩んでいることは

他にも おなじように 思っている人がいます。

少なくとも 私は 毎日毎日悩んでいます。

だから、ひとりじゃない。

あなたは、絶対にひとりじゃない。


声にならない深い悩みや

言葉にできない 自分の気持ち。

このブログをみてもらうことで

ほんのちょっとでも

みんなの気持ちがラクになったりしたら


「なんだ、自分だけ悩んでるわけじゃなかった」

って

ホッとしてもらえたら


私はすごく

すごぉぉぉぉ~~~く

嬉しいです♪

2008年6月23日月曜日

宇宙一カンタンな理想の自分になれる方法

理想の自分になれる

とっておきの方法があります。


「え~。どうせ難しいんでしょ」


いえいえ。簡単です。

誰にでもできます。


「またまた~。そんなこと言って。簡単そうに見えて本当は難しいんでしょ」


そんなことありません。

どれくらい簡単かというと

宇宙一カンタンです。


「・・・そんなに簡単なの?」

はい。

すごく

すごぉぉぉぉぉぉぉぉぉく 

簡単です。


理想の自分になれる

とっておきの方法。

それは。

「自分は○○になる」 と 決めること。

これだけです。


このときに注意すること。

「○○になったらいいなぁ~」ではダメです。

「○○になる」と決めること。

決断するんです。

決断とは

決めて、断つ と書きます。

理想の自分になることを決めて、それ以外は断つ。


具体的に、私の場合。

私はどもります。

でも 話すのは好き。

私の理想とは「どもるけど、周りの人たちと話すことを楽しむ自分」であること。

私は決断しました。

「話すことを楽しむ」

「話すことを楽しまないことを断つ」

これを決断すると どうなるか。


実際に、話すことが楽しめました。


どのようにしてそうなるのか?



以前の私は、どもることを恥じながら周りの人と話していました。

私はどもることを気にしているので、話していても「自分がどもるかどもらないか」に意識が集中する。

結果、話の内容より自分の状態ばかり気にしてしまうので 話すことを楽しめない。


周りの人たちは。

周囲の人間は、私の「どもり」に対して、「私」が自分のどもりをどう思っているかを判断して対処してきます。

私が「どもり」を気にしていれば、なるべくそれには触れないように。

私が「どもり」を気にしなければ、話を聞くほうも「どもり」をあまり気にする必要もないと判断して、わりとリラックスしているような気がします。

私の決断は

「どもってもいいから話すことを楽しむ」。

すると

私がどもりながらも楽しそうに話す→周りも、私がどもりを気にしていない様子なので安心して話に参加してくれる→お互いが話す内容に集中して会話が楽しくなる。

となりました。

なぜこうなったか。


私が決断したからです。


どもることを恥じて会話をすることもできる。

どもることを気にせず会話をすることもできる。


私が どもることを気にせず会話をすることを 決めたからです。


自分が決断すると、周囲は変わります。

逆に言うと、周囲が変わるのを待って自分が変わろうとしても 周囲は変わりません。 


昇進したいなぁ

転職したいなぁ

結婚したいなぁ

お金持ちになりたいなぁ

旅行したいなぁ

・・・・・・

その他いろいろ。




決断しましょう。


昇進する。

転職する。

結婚する。

お金持ちになる。

旅行する。


私たちが住む世界は、

心の中できめたことが 現実にカタチとなってあらわれます。

なぜかはわかりませんが

そうなっています。


だから、まず決めましょう。

決断しましょう。


そうすると 不思議なことに

理想がいつのまにか

現実となりますよ♪

 

2008年6月21日土曜日

ポイントノート

スーパーやデパートや航空会社のマイレージ などなど。

何かを利用するとポイントがたまるご時勢です。

ある一定までポイントがたまると

カードにもよりますが たいていは

景品に交換できたりしますよね。

なにをかくそう ワタシも

ポイントカード持ってます 笑

そして

ポイント

ためてます 笑


ポイントカードって

ポイントためたくなっちゃいますよね。

もしお買い物で ポイントカード忘れたりしちゃうと

すごぉぉぉぉぉく

悔しくなるのは 私だけでしょうか。


やっぱり カードがあれば

ポイント ためたい。

ポイントためて

何かほしいな 笑



そこで。

このポイントカードを。

普段の生活にとりいれることにしました。

具体的には。

「いいことがあったらノートにつける。」

これだけ。


なぜこんなことをするのか。

→効果があるからです。

どんな効果があるのか。

→毎日がウキウキします。


・・・それだけ?と思われたみなさん。

お気持ちはよ~くわかります 笑

毎日がウキウキするだけか・・・

あんまり魅力感じないなぁ。


↑私も思っていました。

べつにウキウキしなくていいし。

今のままでいいし。

なんかめんどくさいし。

と、思っていました。

実際に 「いいことがあったらノートにつける」を実践するまでは。


じゃあなぜ いいことがあったらノートにつけるようになったのか。


あるとき 感じたからなんです。

自分が「減点法の人生」を生きていることに。



ちょっと前の私は

完全な理想の自分がいて。

それに近づこうともがく自分がいて。

いつまでたっても 完璧な理想の自分になれないことで いらだちを感じて

毎日無力感を抱えていました。

まだまだ足りない。

これがダメあれがダメ。

これもできてない あれもできてない。

なんて考えて。

どんどん自分の評価はマイナスになる一方。

そんなとき

ふと気づいたんです。

減点法の人生を生きていたことに。

だから毎日落ち込むことに。


だったら

自分のいいところや ほめられたことを 毎日ひとつでいいから書いていったらどうだろう。

毎日1回は自分をほめよう。

毎日1回は自分に感謝しよう。





そうおもってはじめた 自分のポイントノート。

嬉しかったことやほめられたこと。

ちょっとしたことを 書いていくと

読み返したときに

「私の人生も案外すてたもんじゃないな~」って思えます。

なぜなら、いいことしか書いていないからです 笑

イヤことは書かない。これがコツです 笑


そうすると

「私の人生、いいこといっぱいだぁ」

と脳が勝手に勘違いをして

毎日ウキウキして楽しくなります 笑

そうすると

笑うかどには福来たる で

良いことをひきよせるようになりますよ♪

2008年6月20日金曜日

自分じゃない自分

コーチング講師として 活躍されているTさんにお会いしました。


独立しようと思ったきっかけは何ですか?

「なんかねぇ、サラリーマン時代はね、地位が上がれば上がるほど自分がつらくなって」

つらくなった?

「うん。なんていうか・・・。トップの人間ってさ、会社のみんなを引っ張っていくイメージがあるでしょ?

僕ね、そういうタイプじゃないのに 会社では よーしみんなついてこい!とか言ってて」

もともと人を引っ張っていくタイプではない?

「そう。自分じゃない自分を演じてたんだよね。それがイヤで」

他人を演じていた?

「独立して、ホントの自分をとりもどせたの。裏方の自分を。」

「今ね、毎日楽しいよ。独立、オススメ」


独立かぁ・・・

すかさず

どもるから 無理だなぁ・・・

と。

思ったんですが。

どもるけど独立したい。

と 思い直しました。笑


Tさんが言っていた

「自分じゃない自分を演じるのがイヤ」

という気持ち。

すごく共感できました。


どもる自分を嫌っていたときは、生きるのがほんとにつらかった。

こんなはずじゃない こんなはずじゃない

どもる自分は自分じゃない 許せないって 思っていました。

どもってるうちは何もできない。

だから はやくどもらないようになりたい。

やりたいことはすべて

「どもるから無理」って 決め付けていました。

どもるのも含めて 自分なのに

それを受け入れることができなかった。

だからすごく生きるのがつらかった。

どもるけど どもらないふりをするのは とってもつらかった。

それはまさに

「自分じゃない自分を演じて」いたんです。

どもるのに どもらない人間を 私は毎日 演じていたんです。

だから ほんとに つらかった。

毎日毎日 ゆううつで

いつになったら 気分が晴れるんだろう とおもっていました。



最近「自分はどもりだ」と少しずつまわりにアピールできるようになって

自分なりに どもりに向き合うことで

ちょっと気持ちがラクになったりして

そうしたら

「どもりじゃない人を演じる」あのつらさは なくなって

前よりは 気楽に生きれるようになったと思います。


自分じゃない自分を演じること。

って

自分に対して失礼なこと。


自分を信じることができたら

それが自信になり

人って大きくなるのかな。

2008年6月19日木曜日

幸せのカタチ

何を幸せに思うのか

みんなそれぞれちがいます。


幸せのカタチはひとつじゃない。

たくさんの幸せのカタチが存在するはず。


私の幸せが あなたにとって 幸せとは限らない。

あなたの幸せが 私のおもう 幸せでは ないかもしれない。


あなたの幸せは 何ですか。

あなたはどんなときに 幸せを感じますか。


自分なりの 幸せのカタチを認識すれば

テレビやラジオなどから毎日流れる「幸せ」に

惑わされることは なくなります。


私の幸せは みんなと同じじゃない。

みんなが幸せだからって 私が幸せとは限らない。


自分なりの幸せのカタチ。

もっと、自分を幸せにしよう。

もっと、自分のことを わかる努力をしよう。

2008年6月18日水曜日

もったいない

いま、心の底から もったいないなぁと思っています。

私だけではありません。

私のまわりでは、父も母も弟も。

もったいないね~、と口をそろえて言うのです。

昨日の夕ご飯の話題も

「ん~、もったいない」

「もったいないねぇ」

「あ~、もったいない」 

いったい何が そんなにもったいないのか。

それは

日の長さ なんです 笑


夜の7時でも明るいなんて。

とっても と~っても嬉しい。


でも、夏至は すぐそこまで きているから。

うかうかしていると だんだん夜が長くなっちゃう。

だから いま 日の長いひとときを 存分に楽しみたい。

のですが。

かといって とくに することも ないので

もったいないなぁ~

なんて

感じてしまう わたしたち。


毎日 季節の移り変わりを感じられることが

私にとっての 幸せかなぁ。

う~ん 贅沢だなぁ 笑

完全ではないもの

「それでね、会うと全然普通で むしろ第一印象良くて」

うん。

「道を聞かれたりすると すごく親切に教えてあげたりして」

うんうん。

「何が問題なのってかんじなんだけど」

うんうんうん。

「片づけがダメで。 ダメっていうか、片付けるってことが もともと 頭にないだけだから」

へぇぇ~。

「玄関開けたら、いろいろなものが 山積みなんだけど」

ほぉ。

「本人は、どうぞ~ とかって 笑顔で 迎えてくれるの。お茶いれますね~みたいな」

ふむふむ。

「片付けない じゃなくて 片付けることが 頭にないだけだから。そういう病気もあるの」

なるほど~。



友人は、以前 心に病を抱える人たちと働いていました。

昨日 会ったときに聞いたお話。

片付けることが できない女性のお話。

片づけができない というか 片付けという概念が存在しない。

れっきとした 病気 とのことで。

何を隠そう ワタクシも 片付けられない人間。

なので、私も 片付けられないのは 病気のせいかも な~んて 笑

そんなことを 考えながら 友人の話を 聞いておりました。


片づけができない。

計算に時間がかかる。

日によって体調が変わる。

などなど。


一見 わからないそうです。

パッと その人を 見ただけじゃ わからない。

道行く人と なんら かわりはない。



私も おなじだなぁと思いました。

私も同じ。

私は 話すと どもってしまうから

自分で 自分のことを コンプレックスのかたまり みたいに 感じていますが

はたからみると

私なんて そんなふうに 見えないんだろうなぁ。

街を歩いても

私が「どもる」ことは 私と 話さなければ わからないことだから

私は 他の人と変わらずに みえるんだろうなぁ。


だとすれば、完全な人間なんているのかな。

完全な人間は存在するんだろうか。

みんな 何かしら 抱えているものって あるんじゃないかな。



歩いている人は みんな 悩みなんてないようにみえるけど

世界中で私だけが 悩んでいるように 思えるけど

目に見えるものは たぶん すべてを 語らない。


片づけができない人がいる。

計算に時間がかかる人がいる。

日によって体調が変わる人がいる。

そして

私みたいに

うまく話せないって 悩んでいる人がいる。


完璧な人っているのかな。

完全な人っているのかな。

私たち人間は

完璧ではない

完全ではないからこそ

助け合い

補いあって

生きていくように

そういうふうに 

できている と感じます。


そのことで

思いやりや

感謝することを

学べるように

できている とも

感じます。

2008年6月17日火曜日

どもることに感謝

どもることで、得たものがあります。

それは「自分と 向き合うこと」。



私はどうしてどもってしまうのかな。

どもっても 出来ることって何だろう。

自分の売りって何だろう。

私はどんなふうにこれから生きていこう?

私はどうやって生きて生きたい?

一生どもりを気にして生きるのか、気にしないで生きるのか。

私は、自分の人生を どうしたい?


なんて、考えるようになりました。

コンプレックスが強ければ強いだけ、

どうやったらコンプレックスに負けない自分になれるのか

必死で自分の、自分だけが持つ「光るもの」を探すようになりました。


もし「どもり」じゃなければ、

自分のことを考えることはなかったかもしれません。

テレビやゲームや携帯電話や、その他の楽しいことに逃げて

自分に向き合うなんて 面倒なことはしなかったかもなぁ。

自分に向き合ったり。

自分と会話したり。


自分と対話することは、正直しんどい。

映画みたいに2時間で終わり。っていうものじゃないし。

考えても なかなか答えがでないときのほうが多いしなぁ 笑


でも、自分と向き合って 会話して 逃げないことで

驚くほど ブレない自分が できあがる。

それを教えてくれたのは

「どもる 自分」。


大事なことを 教えてくれて

ありがとう。

2008年6月16日月曜日

さくらんぼ

先日の父の日。

私→ケーキ。

弟①→お寿司とTシャツ。

をプレゼント。

「おぉ~、ありがとう」

と喜ぶ父。

素直に喜んでくれるので、プレゼントを渡すほうも 嬉しくなります。

お父さん、いつもありがとうございます。

お父さん、いつまでも元気でいてね。


そして、私は食卓に さくらんぼを発見。

「あ~、さくらんぼだ。今日買ってきたの?」

と聞く私に母が一言。

「父の日のプレゼントだって」

え。

さくらんぼが。

父の日の。

プレゼント?



それは、末っ子の弟②から父へのプレゼントでした。

付け加えると、父はさくらんぼが大好物というわけではなく、まぁ普通。

というわけで、

私は

「なぜ弟②は さくらんぼをあえて父の日に ぶつけてきたのか?」

「私たちへの挑戦なのか」

「暗号かなにかか?」



すごく すごぉぉぉぉく

疑問に思ったのです 笑


そんなとき 母が一言。

「みんな それぞれ 違うものをプレゼントしてくれるから 楽しいのよねぇ~」

「自然と お寿司→ケーキ→デザート〔さくらんぼ〕 ってながれになるねぇ~」

「ばらばらに みえても 集まると まとまるねぇ~」


そういえばそうだよね。

うん。

3人ともお寿司とか 3人とも さくらんぼ とかじゃないから いいんだよね。

みんな違うものをプレゼントするから、受け取るほうは楽しいし、

あげるほうも「あ、そういうのをプレゼントにするのもいいよね」って 

新しい発見があったりするんだよね。


人間はみんな 考えることや やりたいことや 得意なことが  それぞれ 違って

特に 日本にいると まわりと違うことで 不安になったり しちゃいますが

もともとみんな違うんだし

違うことって いいことだなぁ~

違うことって 楽しいなぁ~

違うことって 面白いなぁ~

って思えたら。

もっともっと 私たちは 自由にいきられるのかも しれません。


さくらんぼは

とっても

おいしかったです☆

2008年6月15日日曜日

自分と約束

自分との約束。


・人生を精一杯生きること。

・自分に言い訳をしないこと。

・自分の中からわきあがる声を尊重すること。





まわりに同調するのではなく

自分の内側と同調しよう。


まわりの意見を求める前に

まず 自分はどうしたいのか 自分に聞こう。


自分を尊重しよう。

自分に感謝しよう。


そして 死ぬときに

「もう、十分生きました。精一杯生きました。」

と 心の底から思えるようになること。


自分との約束です。

2008年6月14日土曜日

「快」か「不快」か

人間は、「快」を追い求め、「不快」を 避けようとするみたいです。

へぇぇ~。

なるほど~。

けっこう単純なんだなぁ。


私にとって、どもりは「不快」です。

うん、まちがいない 笑


どもりは「不快」なので、なんとか「快」にしようと

もがいているのが 今の私。


じゃあ、「快」は?

と聞かれたら、それはもちろん 「どもらないこと!」

と 答えそうになって、

考えました。


「どもらないこと」が私にとっての「快」?

本当に?

なんだか違う気がする。

何かが違う。

なんだろう・・・




考えて。

そうか、わかった!!



私にとっての「快」は、どもりを気にせず自由に話したいことを話すこと。

「不快」は、どもりを気にして話したいことも躊躇してしまうこと。


快も不快も、自分の考え方ひとつで 変わっていくはず。

何事も意味づけをするのは 自分でありたい。

快か不快か。

好きか嫌いか。


まず、物事をざっくりと この2つに分けることから

物事の本質は 

みえてくるのかもしれませんね。

現状を知る

現状を知ることは、大切だと思います。



例えば。

痩せたいなぁ~と思ったとします。

「最近太った気がするから、ちょっとダイエットしようか」

なんて思ったとする。


結果。

・・・痩せないんですよねコレが。

なかなか痩せない。

「ダイエットってね~、なかなかできないのよね~」

みたいなことになります。


じゃあ、今度は 

体重計にのってみちゃったりします。

勇気をだして 笑

おそるおそる体重計にのる。

そうすると、愕然とするわけです 笑

思っていたより 太ってる・・・

私 こんなに太ってたんだ・・・

ありえないんだけど・・・

「ヤバいっっ!!」

気合をいれてダイエットにはげみます。

そうすると、本当に痩せたりする。


なぜか。

なぜ痩せることができたのか?

なぜなら、「自分の今の体重を知った」から。

「今の体重」をきちんと認識することで、「理想の体重」とのギャップが明確になるわけです。

ギャップを感じることで、私達の頭はフル回転します。

「どうすればこのギャップを埋めることができるのか?」

「どうすれば理想の体重に近づけるのか」

そして、なんとかそのギャップをなくそうとする。

ギャップをなくそうとする意識が 具体的な行動につながり、

結果的に痩せることができる。


私は、目標に近づくためには、今の自分の現状をきちんと知ることが大切だと思っています。

今の自分を知ることで、目標に対して 取るべき行動が明確になる。


「お金持ちになりたい」

「スムーズに話せるようになりたい」

「モテるようになりたい」

・・・などなど。


目標は高く持っていきましょう。

そして、

今の自分を知りましょう。


そうすると、不思議なことに 

私達の脳は自動的に

「一番最適な目標の叶え方」を

導き出してくれます。


ちなみに私は。

今の自分をみとめることが なかなかできません 笑

「目標に比べて、今の自分って なんて しょぼいんだろう」

なんて 思ってしまいます 笑


いや

夢への一歩は

「しょぼい自分を認めること」

から

はじまるのかもしれませんね☆

2008年6月13日金曜日

楽しいときは

楽しいとかんじるときは

そこに自分の居場所があるときだと

思います。

2008年6月12日木曜日

人間だもん

 
以前ドイツに旅行したときに

ちょっぴり 癒されたことがありました。


それは

添乗員さんから聞いた

ドイツ人の



「考え方」。



ドイツに到着した日、私たち日本からのツアー客は 添乗員さんから

「日本人とドイツ人の考え方の違い」を

教えられました。


「ドイツでは、交通機関やそのほかのことが

あらかじめ決められた時間通りにならないことがあります。

時間に厳しい日本人には考えられないことかもしれませんが、

ここは日本ではなく ドイツです。

滞在中、時間に正確ではないことが起こるかもしれませんが

ドイツの人たちは気にしない人が多いですから

そのことでいちいち目くじらをたてないように」

へぇ~。

そうなんだぁ。

私も友達との待ち合わせには

よく遅れてしまうから

もしかしたら 

ドイツの人たちと

気が合うかもしれないなぁ~


私は

添乗員さんのお話を聞きながら

妄想開始 笑


そうしたら。

「ドイツの人たちは、こう考えています。 ”だって ぼくたちは 人間なんだ”」



「こういうことです。

私たち人間は、何事も間違いがないように、または時間に遅れないように

一生懸命、正確であろうとする。

にもかかわらず、私たちは間違いをおかしてしまう。

どうして間違ってしまうのか。

なぜ時間通りにできないのか。


なぜなら、私たちは、人間だから。


すべて完璧に間違いなくできるのは、神だけだよ。

人間は、一生懸命やって、間違ってしまうときもあるんだよ。

時間に遅れてしまうときだってあるんだよ。

なぜそれを責めるんだ?

だって、僕たちは 人間だからね」


おぉぉ~!


なんだか。

そのお話を聞いて。

不思議と

いっきにからだが軽くなった気がしたんです。

いっきにラクになったんです。


そうだ。

間違ったからって

時間通りできなかったからって

正確に完璧にできなかったからって

あんなに

自分を責めること

なかったかもしれないなぁ。


たしかに

時間はきちんと守るべき。

正確さは大事。

私も本当にそう思う。


だから一生懸命にやるんだけど

だから完璧であろうとするんだけど

間違っちゃうときって あるんだよね。

そんなときは 本当に

もう死にたくなったりするんです。


でも

「私たちは 人間だから 間違うときも あるんだよ」

と言われたときに

なぜだか 

とってもホッとして

とってもとってもホッとして

目の奥が

じ~んとあつくなって

よくわからないけど

涙が ながれてきて


日本に帰っても

また がんばろう と

自然と 自分にエールをおくっていました。

ドイツの皆様

ありがとうございます♪

2008年6月11日水曜日

バンザイ☆自分

私は 生まれてこのかた

ずぅ~っと 

ずぅ~っと

どもりなので。

「どもらなければ、きっと もっと 私の人生は 素晴らしい気がするなぁ」



思ったことは

一度や二度ではありません。



実はいまでも。

「もっとスムーズに話せたらなぁ~」

と。

ちょっと思ったりしちゃいます 笑



どもりじゃなかったら

話すことが楽しいのかなぁ。


どもりじゃなかったら

中学校のとき

好きな男の子に

告白しちゃってたかなぁ 


な~んてね 笑



「もし、どもりじゃなかったら」ゲーム。

いろいろ妄想して楽しんでいた

ちょうどそのとき。




「もし、どもりじゃなかったら」

私は

せめて今と同じくらいの

思いやりをもてただろうか。




「もし、どもりじゃなかったら」

私は

今よりも

傲慢になりはしないだろうか。



「もし、どもりじゃなかったら」

私は

自分のことを

今とおなじくらい わかろうと努力しただろうか。



「もし、どもりじゃなかったら」

私は

すくなくとも

今の私とは ちがう自分になっていたような気がするなぁ・・・


それが

いいのか悪いのかは

わからないけれど。


すくなくとも

現実は どもっているんだし

どもっちゃうことで いい方向にむかっていることがあればいいなぁ・・・

と思って


いやいや

いい方向にむかってるんだよ きっと

うんうん

いい方向にむかっているに違いない

そうそう

今の私でよかったんだよ

結果として

今の私 バンザーイ


みたいな。



なんだかよくわからないかんじで

私の妄想は

締めくくられました 笑

2008年6月10日火曜日

お茶と人生

お茶を習っていました。

茶道 と呼ばれるものです。

茶道、というと何だか堅苦しい響きがありますが、

私の通っていた教室は大半の生徒が 着物ではなく 私服。

なかには両親と子供、という 家族で 通われている方もいらっしゃって。

かなりアットホームな楽しい教室でした。

「お茶が身についたら、何かカッコイイなぁ」

「お茶を習ってるとモテそう・・・」

などという とんでもなく不純な動機で足を踏み入れた 「茶道」 という世界でしたが、

実際は覚えることがたくさんあって大変でした。

フスマのあけかた。

礼のしかた。

歩き方。

お茶のいれかた。

お菓子の食べ方。

そのほかにもたくさん。

本当にいろいろ。

・・・・・。


お茶を習ってはじめに思ったこと。

「覚えることがこんなに多いとは・・・〔冷や汗〕」笑



ただ、ほんとうは。

覚えることが多いのではなく

自分の頭じゃすぐには覚えられないよ~~ぅぅぅ

という、私の覚えの悪さが問題でした。笑


ふくさのたたみ方。


お茶せんのおしらべ。


うぅぅぅ、覚えきれない・・・笑


もっと簡略化してくれないかなぁ~

そうしたら 覚えられるかもなぁ~


な~んて思っていました。

そんなとき。

先生がお茶を点てる一連の流れをみせてくれまして。

その姿の美しかったこと。

絵になるなぁ 素敵だなぁ と思いました。

そうしたら。

あることに気づいたんです。

たとえば、ふくさのたたみかた。

今までは

「どうしてこんなに何回にもわけてたたむんだろう?覚えられるかな」

と思っていましたが。

その、何回にもわけてふくさをたたむ姿がカッコイイ。

茶筅のお調べは何回も行うからカッコイイ。

今まで、なんとなくまわりくどい印象をもっていた動作が、

はたからみると 素晴らしくキマっている。


もう、全部が最高に、カッコいい!!

な~んて。

根が単純な私は、えらく感動しまして。


早速それからせっせと教室に通い、

なんとか自分なりにお茶を点てられるようになりました。


ふくさのたたみかた や 立ち居振る舞い。

そのほかのいろいろなこと。

一見それだけを習っていたときは、

もっと簡単にできるのに 昔のひとは何故こんなにむずかしく考えたのだろう・・・

なんて

自分の覚えの悪さを昔の人のせいにしておりましたが 笑

「お茶を点てる」ということを

トータルでみたときに

無駄な動作は一切ないようにみえました。

すべてが必要。

どれが欠けてもダメ。

動作のすべてに感動する自分がいたのです。


もしかしたら、人生もお茶と同じで。

一見、無駄なようにみえる事柄が。

長い目でみたときに

「あれは、必要な経験だったよなぁ~」

「あのときは大変だったけれど、あれがなかったら、今こうしてここにいなかったよな~」

というふうに。

起こることはすべて大事で。

人生で起こることに 無駄なことなんて ひとつもないのかもしれませんね。

他人の望む人生

人生には、

「他人の望む人生」と「自分が望む人生」

この2つがあると思います。


私はいままでずぅ~~っと。

「他人の望む人生」を生きてきたような気がします。

たとえば。

学校でいい成績をとること。

なるべく評判の良い学校へ進学すること。

福利厚生のしっかりした、堅実な大きな会社へ就職すること。

・・・その他いろいろ。



まわりの人から 変に思われないように。

安心・安定を求め。

周囲と同じことを行い。

みんなの意見が自分の意見と錯覚をして。

たまにそんな生活に疑問を感じても。

「でも、みんなはこれでいいって言うから」

と自分に言い聞かせて。

日々感じる不満は

すみやかに打ち消される・・・。


わたしは、ずぅぅ~~~~っと。

ずぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っと。

こんな毎日をおくっていました。


そうすると。

いつのまにか無力感に襲われ。

自分の存在意義がないように感じ。

道行く全ての人が幸せにうつり。

自分がとってもちっぽけに思えて。


「私の人生って?幸せって何だろう。

今までまわりから幸せだと教えられたとおりに生きてきたつもりなのに。

がんばればそのさきに幸せがあると思って頑張ってきたのに。

いつまでたっても何故か幸せを感じられない。

どうしてだろう。

どうして私はいま幸せだって思えないんだろう。」


そう思うようになって。

どうしてだろう、どうしてだろう と考えて。

ウンウン悩んだ末に出た結論。


「自分が望んだ人生ではなかった」

だから幸せを感じられなかったんじゃないかな。


「自分が望んだ人生ではなかった」から。

「他人が望む人生」を生きていたから。


だから私は幸せじゃなかったのかもしれない。


いままで私は、

「他人の望む人生」を生きて。

そして。

なんとか周囲に応えようと。

なんとか期待に応えようと。

応えられないときには、なるべくみんなの考えに近いものを選択して。

みんなの意見は自分の意見。

自分の考えよりみんなの考え。



自分で選択しているようにみえても

本当に自分で選択したものってあったかな。

「絶対にこっち。誰に何といわれてもこっち」

って思うこと。

あったかな・・・。



そんなことを考えて。

考えて考えて。

思い切って。

会社を辞めてしまいました。笑



収入はないが

時間はあるぞぉぉ~ 笑



これからは

誰のものでもない、自分の人生を

ささいなことにも幸せを感じられる人生を

身近な人と喜びを感じられる人生を

ゆっくりゆっくり

あせらずに

歩んで生きたいと

思います。

2008年6月9日月曜日

いやなことを魔法のように消し去る方法

いやなことを魔法のように消し去る方法があります。

えっ。

ほんと~?!


ハイ、本当です♪

しかも、とってもカンタンなんです。

それは。

「嫌なことをトコトンまで追求する」

ということ。

もっと言うと。

「いやなことから逃げるのではなく、いやなことを逆に追いかけちゃう」

ということなのです。


いやな事を追いかける??

いやな事は追いかけたくないなぁ・・・

だって、イヤなんだもん。

考えるのも、いやなんだもん。

いやなことを追いかけることができたら。

それって、 そもそも いやなことではないんじゃない?


なんて。

私は思っていました。

私の場合、「自分がどもること」がまさにこれ。

「どもる自分」は許せない。

「どもる自分」ってすごくイヤ。

「どもる自分」は恥ずかしい。

も~ぅ、とにかくイヤだったんです。

それで。

どうしたかというと。

「どもる自分」を認めない作戦。

クサイものにはフタしちゃいます状態。

なるべくみてみないふり。

存在も無視。笑

だから。

どもっちゃった時なんて

顔から火が出るくらいの恥ずかしさ。

フラストレーションのかたまり。

死んでしまいたいくらいの無力感。

そして何よりも。

自分自身への嵐のような叱責。



つい最近。

やっと、「自分はどもりなんだ」と認めることができまして。

そうすると、今度は、

「じゃあ、どもりって何なんだろう。どうして言葉がスムーズに出ないんだろう」

「どうして最初の言葉がでてこないのかなぁ」

なんて、考え出して。

どもり〔吃音〕についていろいろ調べるようになったら。

あらら?

何ということでしょう。

「どもってしまう自分」を自然と許せる自分になっていたんです。

不思議。

ほんっっと~に不思議です。

「どもる自分」が嫌いで、そんな自分をひたすら隠していたときは、

「どもること」に対する恐怖をとっても強~く感じて。

「どもる」ということが、私の中では 倒せない宿敵のような存在だったのに。

「どもること」を調べようと「こんにちは・・」と近づいていったら。

なんだか、「どもる私」がいつのまにかお友達になっていて。

なんだか。

これからもよろしくね~♪

みたいな。

そんなかんじなんです 笑


そうしたら。

前よりもリラックスして話せるようになったり。

まわりにも、

「わたし、どもっちゃうんでスムーズに話せないんだ。聞きづらいところがあったらゴメンね」

な~んて。

言えちゃったり。

以前の私なら考えられません 笑

本当にビックリです。


イヤなことに飛び込むときは

とっても勇気がいりますよね。

できることなら、避けたいな~と思っちゃいますよね。

でもでも。

思い切って、エイッ!と

飛び込むことができたなら。

ひとまわりも

ふたまわりも

大きくなれるんじゃないかな。

私は

そう思っています。

2008年6月8日日曜日

世界にたったひとりの私

恥ずかしながら、私。

ずっと、ずぅぅ~っと。

かの有名なお言葉。

「天上天下唯我独尊」の意味。

「釈迦は」誰よりも素晴らしい。えっへん。

という意味だと思っておりました。

なので。

さすが釈迦だな~!

やっぱり違うな~!

なーんて。

思っておりました 笑

しかーし。

「自分というのはとっても尊い存在だよ。みんな、ひとりひとりがそうなんだよ」

という意味だと気づいたとき。

正直、

「私はもっとかわいくて、モテモテで、どもらない人間になりたかったよ・・・。

今の私で、尊いとか言われても、なんだかピンとこないなぁ~。」

と思っておりました。

自分は、他の人ができることができないし〔とくにスムーズに話すことが・・・〕

かといってみんなに誇れる特技なんかもないし。

あ~あ、せめて。

どもりくらい何とかならないかな。

なんか。

落ち込むなあ・・・。

そんな時。

友人に何気なく言われた言葉。

「りんごちゃんは、みんなと仲が良くてうらやましい」

え。

えっ?

「いろんな人と仲良くできるなんて、素晴らしいことだよね」

え?

えぇぇ~?

「私も、りんごちゃんみたいになりたいな」

・・・。

・・・。

・・・絶句。笑

私、そんなことないし!

私、誰とでも仲良くなんてできないよ!

私、うまく話せないんだよ!

私、いっつもどもっちゃうから、逆にみんながとってもうらやましいんだよぉぉーーー!

と。

精一杯、めいっぱい、反撃。

そうしたら。

「りんごちゃん、わかってないな~。すごくいいものもってるのに」

って、言われちゃいました。

すごくいいもの?

すごくいいもの・・・・。

はて?

何だろう。


そのときに思ったこと。

こんな私でも、いいものもってるんだ。

自分ではよくわからないけれど、

他の人から見ると、私、いいものもってるんだ。

それを、うらやましいって思ってくれる人がいるんだ。

私も、案外捨てたもんじゃないかもしれない。

みんなからみて、私のいいところってどこだろう。

それがわかったら、今よりももっと自分が好きになるかもしれない。

他人と違う、自分のいいところ。

自分だけが持つ、キラキラしているところ。

なんだろうなんだろう。

考えたことなかったなぁ・・。


そんなことから。

「自分」をもっと良く知りたいという気持ちから。

そのときの自分の気持ちとか、いろいろなことを。

メモするようにしています。



私には、みんなより上手くできないことがある。

でも、みんなより私がちょっとだけ上手くできることもある。

みんなちょっとずつ違って、誰一人として同じひとっていないから。

みんなそれぞれ「誰とも違う、私だけのいいもの」をもっているから。

いままでずっと、「他人よりできないこと」ばかりに目がいって、

それで自分を責めたりしていましたが。

これからは、「できること」にも目を向けて

自分をもっともっと好きになれたらいいなぁ

なんて

思う今日この頃です。

どもることは、嫌ではないんです。

そうなんです。

どもることは、嫌じゃないんです。

嫌なのは。

どもることによる周囲からの反応が。

すっごぉぉぉ~く。

嫌なんです・・・。

そしてそのことに。

過剰に反応してしまう自分も。

嫌なんですよね~。

たとえば学生時代。

国語の時間に教科書を読むとき。

必ずつっかえつっかえ読んでいました。

そして。

必ず大量の汗をかいておりました。 笑

そんなとき。

クラスの一部から笑い声があがろうものなら。

「私がどもるからみんな笑っているぅぅぅぅ」

「私なんかが読んで申し訳ありませんっっ!」

みたいな。

全部自分のせいにしてしまうんですよね。

本当は。

私の朗読ではなく、

ほかのことでみんなは笑っていたかもしれないのに。

誰かが笑っている=私のことに違いない! みたいな。

これって自意識過剰ですよね・・・笑

いつも主人公は私ってかんじ・・・?笑

社会人となった今は。

どもっちゃう自分もすこしは許せるようになりましたが。

〔開き直ったのかな?笑〕

まだまだ どもったことで自分を責めてしまったりもするので。

まだまだ どもった後の周囲の反応を気にしてしまうので。

「どもりは、私の個性なんです♪」

なんて。

サラッと言える大人になれますように。

そして。

人の痛みがわかる大人になれますように。

あの超有名人もどもりだった?!

本で読んだのですが。

どもりで悩んでいるのは私だけじゃなかったようで。

なんとなんと。

あの超有名なお方も どもりだったらしい?!

その超有名なお方とは・・・

「モーゼ」。

へぇぇ~!

そうなんだぁ~!!

なんだ、私だけじゃなかったんだぁ・・・☆

私が読んだ本によると。

モーゼはどもりだったらしく、大人数の前で話さなくてはならないときには

自分が話すのではなく

兄に話をしてもらっていたとか。

そうだよねそうだよね。

どもりな私も人前で話すのは苦手だもん。

モーゼにお会いしたことはモチロンないですが

よって

モーゼがどもりだからという理由で兄に人前で話をさせていたかどうかも

私には本当かどうかよくわかりませんが

もし。仮にそうだったとしたら。

仮にモーゼが

「みんなの前で話したいけど、どもるから無理だなぁ・・・ハァ〔ため息〕」

な~んて思っていたとしたら。

とってもとっても。

共感しまくりですーーーー!!

私も、人前でお話したくない気持ち、

よぉぉ~っっくわかりますぅ~〔涙〕

だって、だって、どもっちゃうんだもん・・・笑

どもりたくないのに、どもっちゃうんだもーん。

あの有名なモーゼが。

どもりだったのかもしれない、と考えると。

今まで遠い存在だった「モーゼ」が少しだけ近く感じられたりなんかして。

どもりで落ち込んだりすることもある私も

ちょっとだけ心が軽くなりました☆

メモをとる

メモをとるようにしています。

外出先でも、小さめのノートとペンを持ち歩いています。

なんとなく頭に浮かんだことや今の気持ちをササッと書いています。

メモ帳なので。

1行で終わるときもあれば。

何ページにもわたって アツ~く走り書きをしたり。

はたまた。

似顔絵やイラストを書いてみたり。

もう、何でも書いちゃえ!状態〔笑〕

カッコ良く言うならば。

「アイデア帳」!!

しかし現実は。

「おえかき帳」!!〔笑〕

しかし、このメモ書きがあることによって。

自分の考えていることが変わっていく様子がわかったり。

自分を深く掘り下げて考えるきっかけになったり。

「私ってこんなこと考えていたんだぁ~」とか

「このアイデアいいね~」

なんて、自分で自分にびっくりしたり。

何かと新鮮な発見があったりして。

自分のこれからの行動の優先順位を決めるきっかけになると思います。

「メモをとる習慣」は

オススメしますよ☆

2008年6月7日土曜日

チームワークで大事なこととは?

仕事や 学校や 部活や 家族とか。

私たちは、何かしらの集団〔チーム〕に属していますよね。

では、どうやったらチームとして成果をあげることができるのか?

思いやり。・・・・うん、必要ですね。

尊敬。・・・うんうん。

風通しのよさ。・・・大事ですよね~。

どれも必要。

さて、私が思う「チームワークで大事なこと」 は。

「個人個人が自分の役割をきちんと果たすこと」

です。

相手に対する思いやりや尊敬やチーム全体の風通しのよさ・・・モチロンとっても大事!です。

思いやりや尊敬がなかったり、言いたいことも言えないチームからは

きっと、良いものは生まれないですよね。

それも含めた上で。

チームのみんなが、自分の果たすべき役割をきちんと認識して行動できれば、

全体としてすばらしい結果につながるんじゃないかな・・・と思うのです。

たとえば、スポーツなんかもそうですよね。

スポーツには、個人プレーのものもありますが、

チームプレーのものもあります。

私は中学校のとき、女子バレーボール部に所属していました。

毎日遅くまで練習して大変でした〔そのわりに上達速度がいちばん遅かったのはどうしてかなぁ~笑〕

そのときに、感じたこと。

バレーボールって、一人でプレーしているわけじゃないんだなぁ、ということ。

相手チームのサーブをレシーブする人がいて。

トスを上げる人がいて。

アタックする人がいて。

そして決まれば得点につながる。〔もちろんアタック以外にもブロックなどでも得点になりますね〕

私は、入部してからはずっとアタッカーってカッコいい~!ステキ~!

私もあんなふうになりた~い♪

と思っていましたが。

アタッカーも、そもそもレシーブしてくれる人がいないと始まらないし、

トスがなければ打てないよなぁ~。

うんうん。

ということは。

みんなの役割って、すべてが得点〔結果〕につながってるんだ。

みんながそれぞれ自分の役割をきちんと果たすことで

得点がはいるんだ。

なんて考えるようになりました。

そう考えるようになったのは3年生の春。

入部したのは1年生のとき。

・・・気づくの遅いですよね・・・笑

「私はチームの中で何を求められているのだろう?」

「私はこのチームでどういう結果を出せばいいのだろう?」

と一度じっくり考えることで、

チームの結果はグーンと変わってくると思います☆









 

2008年6月6日金曜日

そのほかにも。

「ありがとうございます」とか「自分の名前」とか「お忙しいところ・・・」とか、

とっさに言えない言葉はけっこうたくさんある私・・・〔涙〕

特に仕事での電話はめちゃくちゃ苦手デス。

どうしてこの世には電話があるの・・・〔笑〕

でも、プライベートで電話がないと

とっても不便だな~と

感じたりも

するのです☆

どもりって何?

どもり〔吃音〕とは。

話すときに言葉がつかえたり、同じ音を繰り返したり、スムーズに話せないことです。

たとえば、私の場合。

「おはようございます」が、言えないんです。

「おはようございます」の「お」が何故か出てこないっ〔笑〕

なぜだろう?

自分でも不思議なんですが、最初の言葉が出てこないというのはよくあります。

ア行、カ行、サ行はとくに苦手〔笑〕

「させていただきます」なんて、一度で良いから、スムーズに言ってみたいなぁ・・・☆

2008年6月5日木曜日

はじめまして

はじめまして☆

りんご と申します。

タイトルにもあるとおり、私はどもり〔吃音症〕です。

そんな私ですが、今日から、ブログをはじめてみようと思います。

ドキドキ~♪

ワクワク~♪

どうぞよろしくおねがいします。