お茶と人生
お茶を習っていました。
茶道 と呼ばれるものです。
茶道、というと何だか堅苦しい響きがありますが、
私の通っていた教室は大半の生徒が 着物ではなく 私服。
なかには両親と子供、という 家族で 通われている方もいらっしゃって。
かなりアットホームな楽しい教室でした。
「お茶が身についたら、何かカッコイイなぁ」
「お茶を習ってるとモテそう・・・」
などという とんでもなく不純な動機で足を踏み入れた 「茶道」 という世界でしたが、
実際は覚えることがたくさんあって大変でした。
フスマのあけかた。
礼のしかた。
歩き方。
お茶のいれかた。
お菓子の食べ方。
そのほかにもたくさん。
本当にいろいろ。
・・・・・。
お茶を習ってはじめに思ったこと。
「覚えることがこんなに多いとは・・・〔冷や汗〕」笑
ただ、ほんとうは。
覚えることが多いのではなく
自分の頭じゃすぐには覚えられないよ~~ぅぅぅ
という、私の覚えの悪さが問題でした。笑
ふくさのたたみ方。
お茶せんのおしらべ。
うぅぅぅ、覚えきれない・・・笑
もっと簡略化してくれないかなぁ~
そうしたら 覚えられるかもなぁ~
な~んて思っていました。
そんなとき。
先生がお茶を点てる一連の流れをみせてくれまして。
その姿の美しかったこと。
絵になるなぁ 素敵だなぁ と思いました。
そうしたら。
あることに気づいたんです。
たとえば、ふくさのたたみかた。
今までは
「どうしてこんなに何回にもわけてたたむんだろう?覚えられるかな」
と思っていましたが。
その、何回にもわけてふくさをたたむ姿がカッコイイ。
茶筅のお調べは何回も行うからカッコイイ。
今まで、なんとなくまわりくどい印象をもっていた動作が、
はたからみると 素晴らしくキマっている。
もう、全部が最高に、カッコいい!!
な~んて。
根が単純な私は、えらく感動しまして。
早速それからせっせと教室に通い、
なんとか自分なりにお茶を点てられるようになりました。
ふくさのたたみかた や 立ち居振る舞い。
そのほかのいろいろなこと。
一見それだけを習っていたときは、
もっと簡単にできるのに 昔のひとは何故こんなにむずかしく考えたのだろう・・・
なんて
自分の覚えの悪さを昔の人のせいにしておりましたが 笑
「お茶を点てる」ということを
トータルでみたときに
無駄な動作は一切ないようにみえました。
すべてが必要。
どれが欠けてもダメ。
動作のすべてに感動する自分がいたのです。
もしかしたら、人生もお茶と同じで。
一見、無駄なようにみえる事柄が。
長い目でみたときに
「あれは、必要な経験だったよなぁ~」
「あのときは大変だったけれど、あれがなかったら、今こうしてここにいなかったよな~」
というふうに。
起こることはすべて大事で。
人生で起こることに 無駄なことなんて ひとつもないのかもしれませんね。
茶道 と呼ばれるものです。
茶道、というと何だか堅苦しい響きがありますが、
私の通っていた教室は大半の生徒が 着物ではなく 私服。
なかには両親と子供、という 家族で 通われている方もいらっしゃって。
かなりアットホームな楽しい教室でした。
「お茶が身についたら、何かカッコイイなぁ」
「お茶を習ってるとモテそう・・・」
などという とんでもなく不純な動機で足を踏み入れた 「茶道」 という世界でしたが、
実際は覚えることがたくさんあって大変でした。
フスマのあけかた。
礼のしかた。
歩き方。
お茶のいれかた。
お菓子の食べ方。
そのほかにもたくさん。
本当にいろいろ。
・・・・・。
お茶を習ってはじめに思ったこと。
「覚えることがこんなに多いとは・・・〔冷や汗〕」笑
ただ、ほんとうは。
覚えることが多いのではなく
自分の頭じゃすぐには覚えられないよ~~ぅぅぅ
という、私の覚えの悪さが問題でした。笑
ふくさのたたみ方。
お茶せんのおしらべ。
うぅぅぅ、覚えきれない・・・笑
もっと簡略化してくれないかなぁ~
そうしたら 覚えられるかもなぁ~
な~んて思っていました。
そんなとき。
先生がお茶を点てる一連の流れをみせてくれまして。
その姿の美しかったこと。
絵になるなぁ 素敵だなぁ と思いました。
そうしたら。
あることに気づいたんです。
たとえば、ふくさのたたみかた。
今までは
「どうしてこんなに何回にもわけてたたむんだろう?覚えられるかな」
と思っていましたが。
その、何回にもわけてふくさをたたむ姿がカッコイイ。
茶筅のお調べは何回も行うからカッコイイ。
今まで、なんとなくまわりくどい印象をもっていた動作が、
はたからみると 素晴らしくキマっている。
もう、全部が最高に、カッコいい!!
な~んて。
根が単純な私は、えらく感動しまして。
早速それからせっせと教室に通い、
なんとか自分なりにお茶を点てられるようになりました。
ふくさのたたみかた や 立ち居振る舞い。
そのほかのいろいろなこと。
一見それだけを習っていたときは、
もっと簡単にできるのに 昔のひとは何故こんなにむずかしく考えたのだろう・・・
なんて
自分の覚えの悪さを昔の人のせいにしておりましたが 笑
「お茶を点てる」ということを
トータルでみたときに
無駄な動作は一切ないようにみえました。
すべてが必要。
どれが欠けてもダメ。
動作のすべてに感動する自分がいたのです。
もしかしたら、人生もお茶と同じで。
一見、無駄なようにみえる事柄が。
長い目でみたときに
「あれは、必要な経験だったよなぁ~」
「あのときは大変だったけれど、あれがなかったら、今こうしてここにいなかったよな~」
というふうに。
起こることはすべて大事で。
人生で起こることに 無駄なことなんて ひとつもないのかもしれませんね。

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